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	<title>波乗りでん助 &#187; サーファー</title>
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	<description>&#65374; サーフィン総合研究所 &#65374;</description>
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		<title>堀口真平、２００９〜２０１０ノースショア語録</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Apr 2010 11:15:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[サーファー]]></category>
		<category><![CDATA[ノースショア、]]></category>
		<category><![CDATA[バックドア、]]></category>
		<category><![CDATA[パイプライン、]]></category>
		<category><![CDATA[ワイメア、]]></category>
		<category><![CDATA[真平、]]></category>

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		<description><![CDATA[
ノースショア２０９０−２０１０ウィンターは堀口真平が大活躍。ジャパニーズ達の先頭に立ってサーフしまくり、ノースショアライフを大いに楽しみまくっていた。
真平のノース歴は２７年。自分の年齢そのままがノース歴というんだから、ちょっとやそっとの外人プロに比べたら年季が違うし、気持ちに入っている筋金もちがう。半分は日本人だけど、あと半分はノースショアボーイといってもいいだろう。物心がついた頃にはサンセットのショアブレイクからサンセットポイントへデビュー。ブライアン・スラットさんを筆頭にサンセットローカルにもかわいがられ、あっという間に沖のピークからダウンザラインでインサイドボウルへとチャージするようになり、ワイメアにデビューしたのは15歳の冬だった。サーフィンの国ハワイであっても真平のステップアップは超スピード。毎冬恒例の堀口家ノースショア長期家族ステイがはぐくんだ結果であることは間違いない。
同じロックダンスチームには１０歳年上のワキタという先輩が控えているが、ノースショアコミュニティーの認知度でいってもワキタと真平はほぼ互角。正直エディーに出場したワキタの方がハワイの一般ピープルからすれば一枚上だろうが、サーフィンスキルの認知度でも真平はジャパニーズトップのビッグウェイブコンペティターと認められた存在だ。今シーズンのノースショアでは５ヶ月近い長期ステイを実行。サンセットを拠点にワイメアはもちろんのこと、パイプライン、バックドア、オフザウォールと、メジャースポットで精力的にハードブレイクを追い続けてきた。とくにオフザウォール＆バックドアでは、目の前に位置するビラボンハウスの一員としてステイしながら、世界のトッププロに混じってのセッションで得意のチューブパフォーマンスを連発。ジャパニーズプロの実力を世界にアピールし続けていた。
「シンペイ！　この冬はとくにノースの皆から声をかけられました。認められてきたような気がします。コンテストでフリン・ノバック、ラブ・ホーデル等の重要人物を倒せていけたところが良かったんですかね。それに、いい波に乗れてます。いい波をキャッチする、いい波をとる、そこのところは普段から特に意識してるんところです。」
「海の中では常に自分のポジショニングを演出してますね。つまり場所取りです。ワイメアなどはとくにですけど、スッと沖に出るのではなくて、いつの間にか先頭にいる。カレントに流されながら奥に入っていく、そんな感じです。それで奥から２〜３本上手く決められればリズムをつかんでいける。こいつは行けるんだなと入っているメンバーに認めてもらえば乗りやすくなるものです。ワイメアで勉強させてもらったことですけど、『この波を決める』という時には、自分にも分からないくらいにパワーが凄い出てくるんですね。混雑する時も、より場の空気を見て、この方法でクリアーしてます。だからといって、タイミング（人、波）を見ずに行動してしまうのは当たり前ですけどマズい。」
「今日は波が良かったんで、午前中はワイメア、午後からはサンセットでやりました。サンセットはインサイドボウルを決めて最高！　６ft＋ぐらいでした。ワイメアではニューボードのテストをしました。赤いトコロの９’８’’です。シェーン・ドリアンからディメンションを聞いてトコロさんにデザインしてもらいました。」
「ビラボンハウスではタヒチのメンバーと再会して、また親交が深まったりして、上手いサーファーと一緒に生活すると波乗りのリズムが自然と知れてくるんです。人種なんか関係なくて、サーファー同士でコミュニケートしていく。」
「ビラボンハウスのロケーションは最高！　上から広くオフザウォールからパイプラインまで海全体が見える。それぞれのポイントの波全部の姿を把握できる。どっちのうねりだと波はどうなる。見ているだけで良く分かる。」
「ポイントの目の前がビラボンハウスだから、海に入っていてアカンと思ったら、すぐに上がれるところがいい。気分とか、リズムとか、混雑とか、上がってコーヒーを一杯煎れれば意外とクリアーになっていたりする。そうすると、いいタイミングでパドルアウトできる。普段は波チェックする場所で生活できる。こんないいことはない。」
「いい波乗り込んだ。今日もオフザウォールで抜けました。でも、パイプだけ残ってるんですよ。ハワイには出来るだけ長く滞在するようにしてるんですけど、まだパイプは決められへん。悔しい。リズムがつかまえられない。自分がパイプラインという海を全部分かってない。だから乗れないんです。人の動き、一瞬のスパークのチューブ、波の形、スピード、とにかく全部が全部分かってないと上手く乗れない。ヴェルジーランドとは訳がちがう。自分が間違ったことをすれば死んでしまう。自分を信じられるかということ。」
「今シーズンは波が大きくて、いい波でした。ワイメアは覚えているだけで７回。そのうち２０ftオーバーが４回ありました。さらなるステップを刻めたという手応えを感じています。ポジションであったり、パドルのスキルであったり、いろいろと確認作業もできました。とくにエディがキャンセルになった日はいろいろなことを学んだ日でした。ピークの位置とポジショニングスペースの確認。そこで見たシェーン・ドリアンの動き。あの日にこそ、肌で学ばなくてはならないことがたくさんありました。」
「僕らは波乗りが命のやり取りなんですからメイクすれば達成感はあります。それが出来るハワイは最高やし。今年はいい経験をさせてもらえました。この達成感と充実感は他のどこにもない。」
「何をせないかんかは決まって来る。波に気づかされて上がってくるんで、、自分の足りないことが自然と解ってくる。」
「一緒に入っている皆を先に波にのせるのが好きで、それにハマってるんですよ。来る波全部を皆で乗っていった方が楽しいじゃないですか。それに、Go! と声をかけるのは自分にも返ってくるんです。お互いにプッシュできあえたらいいでしょう。」

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2010/04/shinperi776.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-352" title="shinperi776" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2010/04/shinperi776-300x277.jpg" alt="" width="300" height="277" /></a></p>
<p>ノースショア２０９０−２０１０ウィンターは堀口真平が大活躍。ジャパニーズ達の先頭に立ってサーフしまくり、ノースショアライフを大いに楽しみまくっていた。</p>
<p>真平のノース歴は２７年。自分の年齢そのままがノース歴というんだから、ちょっとやそっとの外人プロに比べたら年季が違うし、気持ちに入っている筋金もちがう。半分は日本人だけど、あと半分はノースショアボーイといってもいいだろう。物心がついた頃にはサンセットのショアブレイクからサンセットポイントへデビュー。ブライアン・スラットさんを筆頭にサンセットローカルにもかわいがられ、あっという間に沖のピークからダウンザラインでインサイドボウルへとチャージするようになり、ワイメアにデビューしたのは15歳の冬だった。サーフィンの国ハワイであっても真平のステップアップは超スピード。毎冬恒例の堀口家ノースショア長期家族ステイがはぐくんだ結果であることは間違いない。</p>
<p>同じロックダンスチームには１０歳年上のワキタという先輩が控えているが、ノースショアコミュニティーの認知度でいってもワキタと真平はほぼ互角。正直エディーに出場したワキタの方がハワイの一般ピープルからすれば一枚上だろうが、サーフィンスキルの認知度でも真平はジャパニーズトップのビッグウェイブコンペティターと認められた存在だ。今シーズンのノースショアでは５ヶ月近い長期ステイを実行。サンセットを拠点にワイメアはもちろんのこと、パイプライン、バックドア、オフザウォールと、メジャースポットで精力的にハードブレイクを追い続けてきた。とくにオフザウォール＆バックドアでは、目の前に位置するビラボンハウスの一員としてステイしながら、世界のトッププロに混じってのセッションで得意のチューブパフォーマンスを連発。ジャパニーズプロの実力を世界にアピールし続けていた。</p>
<p>「シンペイ！　この冬はとくにノースの皆から声をかけられました。認められてきたような気がします。コンテストでフリン・ノバック、ラブ・ホーデル等の重要人物を倒せていけたところが良かったんですかね。それに、いい波に乗れてます。いい波をキャッチする、いい波をとる、そこのところは普段から特に意識してるんところです。」</p>
<p>「海の中では常に自分のポジショニングを演出してますね。つまり場所取りです。ワイメアなどはとくにですけど、スッと沖に出るのではなくて、いつの間にか先頭にいる。カレントに流されながら奥に入っていく、そんな感じです。それで奥から２〜３本上手く決められればリズムをつかんでいける。こいつは行けるんだなと入っているメンバーに認めてもらえば乗りやすくなるものです。ワイメアで勉強させてもらったことですけど、『この波を決める』という時には、自分にも分からないくらいにパワーが凄い出てくるんですね。混雑する時も、より場の空気を見て、この方法でクリアーしてます。だからといって、タイミング（人、波）を見ずに行動してしまうのは当たり前ですけどマズい。」</p>
<p>「今日は波が良かったんで、午前中はワイメア、午後からはサンセットでやりました。サンセットはインサイドボウルを決めて最高！　６ft＋ぐらいでした。ワイメアではニューボードのテストをしました。赤いトコロの９’８’’です。シェーン・ドリアンからディメンションを聞いてトコロさんにデザインしてもらいました。」</p>
<p>「ビラボンハウスではタヒチのメンバーと再会して、また親交が深まったりして、上手いサーファーと一緒に生活すると波乗りのリズムが自然と知れてくるんです。人種なんか関係なくて、サーファー同士でコミュニケートしていく。」</p>
<p>「ビラボンハウスのロケーションは最高！　上から広くオフザウォールからパイプラインまで海全体が見える。それぞれのポイントの波全部の姿を把握できる。どっちのうねりだと波はどうなる。見ているだけで良く分かる。」</p>
<p>「ポイントの目の前がビラボンハウスだから、海に入っていてアカンと思ったら、すぐに上がれるところがいい。気分とか、リズムとか、混雑とか、上がってコーヒーを一杯煎れれば意外とクリアーになっていたりする。そうすると、いいタイミングでパドルアウトできる。普段は波チェックする場所で生活できる。こんないいことはない。」</p>
<p>「いい波乗り込んだ。今日もオフザウォールで抜けました。でも、パイプだけ残ってるんですよ。ハワイには出来るだけ長く滞在するようにしてるんですけど、まだパイプは決められへん。悔しい。リズムがつかまえられない。自分がパイプラインという海を全部分かってない。だから乗れないんです。人の動き、一瞬のスパークのチューブ、波の形、スピード、とにかく全部が全部分かってないと上手く乗れない。ヴェルジーランドとは訳がちがう。自分が間違ったことをすれば死んでしまう。自分を信じられるかということ。」</p>
<p>「今シーズンは波が大きくて、いい波でした。ワイメアは覚えているだけで７回。そのうち２０ftオーバーが４回ありました。さらなるステップを刻めたという手応えを感じています。ポジションであったり、パドルのスキルであったり、いろいろと確認作業もできました。とくにエディがキャンセルになった日はいろいろなことを学んだ日でした。ピークの位置とポジショニングスペースの確認。そこで見たシェーン・ドリアンの動き。あの日にこそ、肌で学ばなくてはならないことがたくさんありました。」</p>
<p>「僕らは波乗りが命のやり取りなんですからメイクすれば達成感はあります。それが出来るハワイは最高やし。今年はいい経験をさせてもらえました。この達成感と充実感は他のどこにもない。」</p>
<p>「何をせないかんかは決まって来る。波に気づかされて上がってくるんで、、自分の足りないことが自然と解ってくる。」</p>
<p>「一緒に入っている皆を先に波にのせるのが好きで、それにハマってるんですよ。来る波全部を皆で乗っていった方が楽しいじゃないですか。それに、Go! と声をかけるのは自分にも返ってくるんです。お互いにプッシュできあえたらいいでしょう。」</p>
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		<title>ワキタの気持ち、2009-2010ノースショア。</title>
		<link>http://www.naminoridensuke.com/archives/325</link>
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		<pubDate>Thu, 01 Apr 2010 02:32:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[サーファー]]></category>
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		<category><![CDATA[ワキタ、]]></category>

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		<description><![CDATA[
自分の思いを現実にするって凄いことだ。
2009−2010ノースショアは、エディとパイプをフルスロットルで駆け抜けたのだから、ワキタにとっては仕事をやりこなした冬だったに違いない。しかも怪我らしい怪我もなかった。ノースショアという過酷な環境のなかで、５ヶ月間に渡る長期ステイ、しかも今シーズンは類を見ないビッグウェイブシーズン、これを大したアクシデントもなく乗り切った。サーフィンに集中し切っていた、その環境をキープできた、これも凄いことだ。３年前から使っていたワイメアガンは２本とも折れてしまったが、それと交換にワイメアライダーとしてかけがえのないスピリッツとスキルを学ぶこともできた。
ノースショアにワキタのパフォーマンスを疑うものは一人もいないだろう。彼がいくところ、波に乗れば、オー！ワキタ！　という声が聞こえてくる。パイプライン正面に鎮座するヴォルコムハウスの中からも聞こえてくる。サーフファースト誌♯086号でカバーショットとなったパイプラインライドもたった一日で決めた。チャンスを逃さない。しかも、そこで決めてくる。パイプラインにかける情熱と行動はローカルも脱帽。ハワイアンキッズからはリスペクトされる存在である。
「パイプとワイメアで精一杯。充分に足りてます。学ばせてもらっているという気持ちを忘れたくないです。パイプにしても、ワイメアにしても、そこでサーフィンするのは、盲目的に写真を追い求めてサーフィンしているわけではなくて、そこでサーフィンするのが好きだからです。ワイメアは確かになじんできました。ピークをメイクしてショアブレイクまでいくことが出来るようになった。パイプはフロントサイドのバレルだから、もう少し楽しんでいるかも（笑い）。」
「怪我だらけで凄いですよ。怪我で満身創痍。パイプで削られた両臑は２ヶ月たっても傷口が開いてるし、この前は尻からリーフにヒットして尾てい骨がまだ痛い、腰にはヘルニアが３カ所ある。ワイメアやパイプで巻かれると、最初は首にきて、それが腰に来る。ホグレル（東京日本橋＆八丁堀）というジムに通って本気でテイクケアは欠かしません。治ってないし、痛いんです。」
「４ヶ月もノースショアにいるのは、少ないチャンスを絶対にミスしたくないからです。少ないチャンスの時に、そこにいることが出来るかどうか。自然は自分にスケジュールをあわせてはくれませんから。プロサーファーとしてそこにいるということを、まずは最重要にしているということです。」
「ここ５年でノースショアから友が去っていく中、気持ち的になえてきた部分もあります、でもその分を家族がバックアップしてくれています。家族でサーフィンするようになりました。妻のサユリは泰地（１１歳）を生んだ後からサーフィンを始めたんですけど、時間があるかぎりサーフィンしたいと海に入りまくってます。その熱い気持ちに触発されるときがあるくらい。見習ってます。長男の泰地はやる気が出てきました。サーフィンに真剣になってきた。今はサーフィンの試合で勝てなくても、サーフィンを好きだという気持ちが大事。楽しんで欲しいですね。最後に長女のサラ（７歳）も、とうとう今シーズンからサーフィンするようになりました。やる気が凄い。それに才能があるようだしバランスもいい。兄貴に追いつけ追い越せと頑張ってます。２人目だからほったらかしてきた、だから何でも一人でやる、それがサーフィンに対するやる気につながったようです。これで家族全員揃いました。全員で海に行けるようになりました。」
２月の下旬、ワイメアのニューボードが出来てきた。９’８’’と１０’０’’のトコロ。それと、おまじないにチャックさんの９’６’’。ワキタはどうしてもチャックさんシェイプのボードでワイメアをサーフしたいようだ。自腹を切ってチャックさんにオーダーしていたのだ。そして１月１１日のクラッシュ以来１ヶ月ぶりにワイメアに乗ったのが９’８’’。スモールワイメアだったから３時間みっちり乗れた。グッドフィーリングだから、もう少し慣れてからが楽しみという。10’０’’は持った感じでベストでいけそうです。そう言い切っていたからさらに楽しみだ。ボードを持っただけで、持った感じでマニューバーがイメージできるのなら大丈夫。１０’０’’は長いというインプレッションがあるが、普通に持てたというところがいい。パイプでもワイメアでも、そこでサーフィンするのが好きなこと。自分で出来るうちは追求していきますと言い切れる自信。まだまだワキタからは目が離せない。来シーズンの熱いチャージが楽しみだ。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2010/04/wakita14.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-350" title="wakita14" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2010/04/wakita14-300x169.jpg" alt="" width="300" height="169" /></a></p>
<p>自分の思いを現実にするって凄いことだ。</p>
<p>2009−2010ノースショアは、エディとパイプをフルスロットルで駆け抜けたのだから、ワキタにとっては仕事をやりこなした冬だったに違いない。しかも怪我らしい怪我もなかった。ノースショアという過酷な環境のなかで、５ヶ月間に渡る長期ステイ、しかも今シーズンは類を見ないビッグウェイブシーズン、これを大したアクシデントもなく乗り切った。サーフィンに集中し切っていた、その環境をキープできた、これも凄いことだ。３年前から使っていたワイメアガンは２本とも折れてしまったが、それと交換にワイメアライダーとしてかけがえのないスピリッツとスキルを学ぶこともできた。</p>
<p>ノースショアにワキタのパフォーマンスを疑うものは一人もいないだろう。彼がいくところ、波に乗れば、オー！ワキタ！　という声が聞こえてくる。パイプライン正面に鎮座するヴォルコムハウスの中からも聞こえてくる。サーフファースト誌♯086号でカバーショットとなったパイプラインライドもたった一日で決めた。チャンスを逃さない。しかも、そこで決めてくる。パイプラインにかける情熱と行動はローカルも脱帽。ハワイアンキッズからはリスペクトされる存在である。</p>
<p>「パイプとワイメアで精一杯。充分に足りてます。学ばせてもらっているという気持ちを忘れたくないです。パイプにしても、ワイメアにしても、そこでサーフィンするのは、盲目的に写真を追い求めてサーフィンしているわけではなくて、そこでサーフィンするのが好きだからです。ワイメアは確かになじんできました。ピークをメイクしてショアブレイクまでいくことが出来るようになった。パイプはフロントサイドのバレルだから、もう少し楽しんでいるかも（笑い）。」</p>
<p>「怪我だらけで凄いですよ。怪我で満身創痍。パイプで削られた両臑は２ヶ月たっても傷口が開いてるし、この前は尻からリーフにヒットして尾てい骨がまだ痛い、腰にはヘルニアが３カ所ある。ワイメアやパイプで巻かれると、最初は首にきて、それが腰に来る。ホグレル（東京日本橋＆八丁堀）というジムに通って本気でテイクケアは欠かしません。治ってないし、痛いんです。」</p>
<p>「４ヶ月もノースショアにいるのは、少ないチャンスを絶対にミスしたくないからです。少ないチャンスの時に、そこにいることが出来るかどうか。自然は自分にスケジュールをあわせてはくれませんから。プロサーファーとしてそこにいるということを、まずは最重要にしているということです。」</p>
<p>「ここ５年でノースショアから友が去っていく中、気持ち的になえてきた部分もあります、でもその分を家族がバックアップしてくれています。家族でサーフィンするようになりました。妻のサユリは泰地（１１歳）を生んだ後からサーフィンを始めたんですけど、時間があるかぎりサーフィンしたいと海に入りまくってます。その熱い気持ちに触発されるときがあるくらい。見習ってます。長男の泰地はやる気が出てきました。サーフィンに真剣になってきた。今はサーフィンの試合で勝てなくても、サーフィンを好きだという気持ちが大事。楽しんで欲しいですね。最後に長女のサラ（７歳）も、とうとう今シーズンからサーフィンするようになりました。やる気が凄い。それに才能があるようだしバランスもいい。兄貴に追いつけ追い越せと頑張ってます。２人目だからほったらかしてきた、だから何でも一人でやる、それがサーフィンに対するやる気につながったようです。これで家族全員揃いました。全員で海に行けるようになりました。」</p>
<p>２月の下旬、ワイメアのニューボードが出来てきた。９’８’’と１０’０’’のトコロ。それと、おまじないにチャックさんの９’６’’。ワキタはどうしてもチャックさんシェイプのボードでワイメアをサーフしたいようだ。自腹を切ってチャックさんにオーダーしていたのだ。そして１月１１日のクラッシュ以来１ヶ月ぶりにワイメアに乗ったのが９’８’’。スモールワイメアだったから３時間みっちり乗れた。グッドフィーリングだから、もう少し慣れてからが楽しみという。10’０’’は持った感じでベストでいけそうです。そう言い切っていたからさらに楽しみだ。ボードを持っただけで、持った感じでマニューバーがイメージできるのなら大丈夫。１０’０’’は長いというインプレッションがあるが、普通に持てたというところがいい。パイプでもワイメアでも、そこでサーフィンするのが好きなこと。自分で出来るうちは追求していきますと言い切れる自信。まだまだワキタからは目が離せない。来シーズンの熱いチャージが楽しみだ。</p>
<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2010/04/wakitafamily6.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-330" title="wakitafamily6" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2010/04/wakitafamily6-300x169.jpg" alt="" width="300" height="169" /></a></p>
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		<title>’０９ザ・エディの脇田プロにインタビュー。感謝の気持ちと悔しい気持ちが残った。</title>
		<link>http://www.naminoridensuke.com/archives/287</link>
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		<pubDate>Fri, 18 Dec 2009 05:33:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[サーファー]]></category>
		<category><![CDATA['09ザ・エディ、脇田貴之、]]></category>

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		<description><![CDATA[
ザ・エディ招待出場の重責をきっちりこなした脇田プロ。日本サーフィンの歴史と文化を未来へと繋いだ。
５年ぶり８度目の開催となったことで大群衆が詰めかけたワイメアベイ。ジャパニーズサーファー脇田はザ・エディの檜舞台でモチベーションの高さと鍛え上げたスキルを充分に発揮してくれた。２０ftのビッグウェイブを舞台に世界一の大波乗りを決めるザ・エディ。世界から集まったスターサーファー、ビッグウェイバー、プロサーファー、そしてレジェンド。脇田のパフォーマンスもキラキラと輝いていた。
大会後数日してから脇田プロにインタビュー。まずは大役を果たした気持ちからうかがった。
「今でも信じられないんですけど、憧れのサーファー、偉大なレジェンドと一緒にサーフィンできたことへの感謝の気持ち。それと１２０％もっと出来たという悔しい気持ち。この２つが残ってます。悔しさで言えば、１ヒート１時間でマキシマム４本の波しか乗れないんだから、乗らずに我慢して、乗る波をもう少し選んでやれば良かった。感謝の気持ちを言えば、エディのコンペティターとしてヒートで沖にいる時は本当に晴れ晴れと気持ちよかった。今までの自分の歴史の中でも想像すらしなかった感激のシーンでした。ケオニ・ダウニングさんは1990年のエディウィナー。ブライアン・ケアウラナさんは自分が18歳の時にマカハにステイしたときの恩人で、ハワイアンサーフィンを教えてくれた人。ギャレット・マクナマラさんは誰もが知るビッグウェイバー。俺にパイプを教えてくれたリアムさんの兄貴で昔から熱いチャージでサーファーのあるべき姿を教えてくれました。そのギャレットさんが海の中で、脇田がエディ招待の指名を受けた３年前はかなり心配したけど、今年の脇田のワイメアの実力は俺が保証すると言ってくれたんです。この一言にも感激しました。」
あのギャレットさんが脇田プロを認めましたか。で、エディ当日の朝はどんな気持ちでむかえたんですか？
「たまに入ってくるセットはでかいけど、自分ではエディはやらないと思いました。だから普段通りに夜明けと同時に海に入りました。それでしばらくしたらウォータパトロールが来て退去するように命じられたんですけど、その時ピークにいて凄いセットを喰らって。それをどうにかこらえてインサイドに入っていったら、そこでもまたセットが入って来て、今度はちょうどインパクトで凄い巻かれ方でした。それでビーチに戻って来た時に大会がオンされたことを知ったんです。でも、やらないよりかずっとまし。岸からビデオチェックしてくれていたシェイパーのウェイドさんのアドバイスで、自分としてはいつもと違うけど、裏の波よりもセットの最初の１本目の波を狙うことに決めてました。」
１ヒート目はセットが少なくあっという間に終わりました。午後の２ヒート目はどんな気持ちで臨みましたか？　最後の４本目にシェーン・ドリアンときわどいシーンがありました。
「最初のヒートではタイミングを逃したり、乗り間違えたりしたんで、今度こそ大きい波を狙っていくことをきめていました。最後の波はドリアンさんがパドリングしているのが最初から見えていたんですけど、乗ってドロップしたらラインがクロスして、そのままではクラッシュしてました。狙っていた波でしたけど、自分はプルバックしたほうが良かったというのが今の気持ちです。あそこはシェーンに行かせて、裏の波に行った方が良かったんじゃないか。ヒート時間も充分に残っていたんです。」
リスペクトして、さらにリスペクトして自分は後で行く。脇田プロならではのサーフィンスタイルであり試合運びですね。さてエディ出場を終えて、これでパイプラインだけでなくワイメアと、ビッグウェイブライディングという新境地への道が開けましたね。
「パイプラインと一緒で怖い部分はありますが、これからもっとワイメアでも頑張っていくつもりです。エディ前日はクローズアウトするベイに昼から午後３時半すぎまで入って７本乗れました。波が２０ftを超えると迫力が桁違いになる。水の量と波の分厚さがハンパじゃない。でかい海にボードと一緒に放り込まれた感じ。９&#8217;６&#8221;のワイメアガンが小さく短く感じるほどです。」
エディ出場という大役を果たし、ワイメアが楽しくなってきた。脇田プロの表情からは笑顔が溢れていた。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2009/12/wakita09eddie66.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-288" title="wakita09eddie66" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2009/12/wakita09eddie66-300x169.jpg" alt="" width="300" height="169" /></a></p>
<p>ザ・エディ招待出場の重責をきっちりこなした脇田プロ。日本サーフィンの歴史と文化を未来へと繋いだ。</p>
<p>５年ぶり８度目の開催となったことで大群衆が詰めかけたワイメアベイ。ジャパニーズサーファー脇田はザ・エディの檜舞台でモチベーションの高さと鍛え上げたスキルを充分に発揮してくれた。２０ftのビッグウェイブを舞台に世界一の大波乗りを決めるザ・エディ。世界から集まったスターサーファー、ビッグウェイバー、プロサーファー、そしてレジェンド。脇田のパフォーマンスもキラキラと輝いていた。</p>
<p>大会後数日してから脇田プロにインタビュー。まずは大役を果たした気持ちからうかがった。</p>
<p>「今でも信じられないんですけど、憧れのサーファー、偉大なレジェンドと一緒にサーフィンできたことへの感謝の気持ち。それと１２０％もっと出来たという悔しい気持ち。この２つが残ってます。悔しさで言えば、１ヒート１時間でマキシマム４本の波しか乗れないんだから、乗らずに我慢して、乗る波をもう少し選んでやれば良かった。感謝の気持ちを言えば、エディのコンペティターとしてヒートで沖にいる時は本当に晴れ晴れと気持ちよかった。今までの自分の歴史の中でも想像すらしなかった感激のシーンでした。ケオニ・ダウニングさんは1990年のエディウィナー。ブライアン・ケアウラナさんは自分が18歳の時にマカハにステイしたときの恩人で、ハワイアンサーフィンを教えてくれた人。ギャレット・マクナマラさんは誰もが知るビッグウェイバー。俺にパイプを教えてくれたリアムさんの兄貴で昔から熱いチャージでサーファーのあるべき姿を教えてくれました。そのギャレットさんが海の中で、脇田がエディ招待の指名を受けた３年前はかなり心配したけど、今年の脇田のワイメアの実力は俺が保証すると言ってくれたんです。この一言にも感激しました。」</p>
<p>あのギャレットさんが脇田プロを認めましたか。で、エディ当日の朝はどんな気持ちでむかえたんですか？</p>
<p>「たまに入ってくるセットはでかいけど、自分ではエディはやらないと思いました。だから普段通りに夜明けと同時に海に入りました。それでしばらくしたらウォータパトロールが来て退去するように命じられたんですけど、その時ピークにいて凄いセットを喰らって。それをどうにかこらえてインサイドに入っていったら、そこでもまたセットが入って来て、今度はちょうどインパクトで凄い巻かれ方でした。それでビーチに戻って来た時に大会がオンされたことを知ったんです。でも、やらないよりかずっとまし。岸からビデオチェックしてくれていたシェイパーのウェイドさんのアドバイスで、自分としてはいつもと違うけど、裏の波よりもセットの最初の１本目の波を狙うことに決めてました。」</p>
<p>１ヒート目はセットが少なくあっという間に終わりました。午後の２ヒート目はどんな気持ちで臨みましたか？　最後の４本目にシェーン・ドリアンときわどいシーンがありました。</p>
<p>「最初のヒートではタイミングを逃したり、乗り間違えたりしたんで、今度こそ大きい波を狙っていくことをきめていました。最後の波はドリアンさんがパドリングしているのが最初から見えていたんですけど、乗ってドロップしたらラインがクロスして、そのままではクラッシュしてました。狙っていた波でしたけど、自分はプルバックしたほうが良かったというのが今の気持ちです。あそこはシェーンに行かせて、裏の波に行った方が良かったんじゃないか。ヒート時間も充分に残っていたんです。」</p>
<p>リスペクトして、さらにリスペクトして自分は後で行く。脇田プロならではのサーフィンスタイルであり試合運びですね。さてエディ出場を終えて、これでパイプラインだけでなくワイメアと、ビッグウェイブライディングという新境地への道が開けましたね。</p>
<p>「パイプラインと一緒で怖い部分はありますが、これからもっとワイメアでも頑張っていくつもりです。エディ前日はクローズアウトするベイに昼から午後３時半すぎまで入って７本乗れました。波が２０ftを超えると迫力が桁違いになる。水の量と波の分厚さがハンパじゃない。でかい海にボードと一緒に放り込まれた感じ。９&#8217;６&#8221;のワイメアガンが小さく短く感じるほどです。」</p>
<p>エディ出場という大役を果たし、ワイメアが楽しくなってきた。脇田プロの表情からは笑顔が溢れていた。</p>
<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2009/12/wakita09eddie38.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-289" title="wakita09eddie38" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2009/12/wakita09eddie38-300x169.jpg" alt="" width="300" height="169" /></a></p>
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		<title>ノースショアベテラン堀口鉉気氏。サーフライディングの神髄はテイクオフにある。</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Mar 2009 23:13:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[サーファー]]></category>
		<category><![CDATA[堀口鉉気、]]></category>

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		<description><![CDATA[
サンセットがあるからノースショアに通うんや。
この３月で54歳の誕生日を迎えた堀口鉉気さん。言わずと知れた堀口真平の父であり、サーフィン歴38年、ノースショア歴連続28年の大ベテランだ。毎シーズンのノースショアでは、とくにサンセットビーチとワイメアにフォーカスを合わせ、自らシェイプしたサーフボードを駆使して若手ジャパニーズに負けじとセットを追いかけ続けている。今シーズンは１月から１ヶ月半のノースショアステイで数々の完璧グッドライドをメイク。まだまだ現役続行中であることを強烈にアピールしてくれた。ノースショアサーフィンの魅力と通い続ける楽しさとは何か？　インタビューで堀口さんのノースショアを研究させてもらった。
ノースショアに来る理由はサンセットがあるからで、エエ波で、エエ波に乗れる。そこやね。最初の頃と違って乗れるようになったし、もっと楽しくなってきた。経験値がレベルアップしたんかな。サンセットがエエときのメンバーは昔と変わらないし、経験で波が分かるようになってきた。それに去年、一昨年は腰が不調で不完全燃焼だったけど、それを反省して今シーズンはいろいろ自分でケアしてきたんで身体も切れるようになった。サンセットの波を楽しむために一年間を過ごしている。そんな感じやね。
初めてのハワイは20歳の時で、イアン・カーンがハレイワで優勝した時やった。それから結婚して子供が出来て、26歳からは嫁もハワイが大好きだったから家族でずっと通い続けています。真平をハワイに連れてきたのは１歳の誕生日が過ぎてから。さすがに生まれた年は連れて行けなかった。真平の初ノースはちょうどハロウィンの日あたりで、ニックの家の最初のお客だった。それからステイ先もずいぶん変わった。最初はハレイワサーフ。次がワイメアで、ニック宅、ワイルア、ベルジランド、クイリマ、バックヤーズ、そして10年位前からは現在の前田家にお世話になってます。
家族全員で一緒にハワイに来るのは、俺がベストの環境でサーフィンしたいからやった。家族が一緒なら何の心配も無しに、ハワイでも日本と同じにサーフィンできるから。それに嫁や子供と一緒にファミリーでサンセットにステイしてたら、ローカルの俺たちを見る目が違う。とくにハワイの人たちは子供を大切にしてくれるから。そんなことからサンセットの村長さんのブライアンさんとの付き合いが始まったんや。家族と一緒に来てる。こいつは本気やなということを、いちいちしゃべらんでも解ってもらえたんだと思う。
真平は今年で27歳になった。ええなぁ。サーフィンしとったらええのんやで。俺とは違う形で飯喰っとる。波乗りやってるだけで飯が喰いたいと、昔どれだけ考えたか。それを真平はやっているんやから、エエなぁ。これからの真平にはいい波のところでもっとサーフィンして欲しい。いい波のところに行けるように生活を向けていって欲しい。波に乗れば乗るほどいろんなものが見えてくるもんなんや。波というのは１本ずつ違う。巡り合わせや、運もある。だけど、いい波に乗ると答えを出しやすい。動きがイメージ通りに決まると、またそれで答えが出る。いい波になればなるほど良い気分になれる。そのときがチャンスやね。求めていたひらめきがやってくるんや。
波乗りの神髄はテイクオフにある。自分ではそう考えてます。ちょっとでも早く、楽にスタンドアップすること。ケリーやジェイミーがそうや。トウインもそう。ちょっとでも早く楽にテイクオフできれば、波はどんなでもそんなに怖ないで。サンセットのテイクオフは決まれば天国。はずせば地獄。それはパイプでも同じやし。歳とると特に、早ければ早いほどエエんや。当たり前の事だけど、波が１本ずつ全部違うから、それだけに難しい。まだまだ先がある。自分でもそう思い知らされることばかりやしね。サーフィンもシェイプも同じだと考えてます。この先、自然が豊かで人の心がゆとりのある世の中になったら最高やね。ほんで、 いつでもニコニコしてられたらエエなあ
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2009/03/genki1.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-157" title="genki1" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2009/03/genki1-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>サンセットがあるからノースショアに通うんや。</p>
<p>この３月で54歳の誕生日を迎えた堀口鉉気さん。言わずと知れた堀口真平の父であり、サーフィン歴38年、ノースショア歴連続28年の大ベテランだ。毎シーズンのノースショアでは、とくにサンセットビーチとワイメアにフォーカスを合わせ、自らシェイプしたサーフボードを駆使して若手ジャパニーズに負けじとセットを追いかけ続けている。今シーズンは１月から１ヶ月半のノースショアステイで数々の完璧グッドライドをメイク。まだまだ現役続行中であることを強烈にアピールしてくれた。ノースショアサーフィンの魅力と通い続ける楽しさとは何か？　インタビューで堀口さんのノースショアを研究させてもらった。</p>
<p>ノースショアに来る理由はサンセットがあるからで、エエ波で、エエ波に乗れる。そこやね。最初の頃と違って乗れるようになったし、もっと楽しくなってきた。経験値がレベルアップしたんかな。サンセットがエエときのメンバーは昔と変わらないし、経験で波が分かるようになってきた。それに去年、一昨年は腰が不調で不完全燃焼だったけど、それを反省して今シーズンはいろいろ自分でケアしてきたんで身体も切れるようになった。サンセットの波を楽しむために一年間を過ごしている。そんな感じやね。</p>
<p>初めてのハワイは20歳の時で、イアン・カーンがハレイワで優勝した時やった。それから結婚して子供が出来て、26歳からは嫁もハワイが大好きだったから家族でずっと通い続けています。真平をハワイに連れてきたのは１歳の誕生日が過ぎてから。さすがに生まれた年は連れて行けなかった。真平の初ノースはちょうどハロウィンの日あたりで、ニックの家の最初のお客だった。それからステイ先もずいぶん変わった。最初はハレイワサーフ。次がワイメアで、ニック宅、ワイルア、ベルジランド、クイリマ、バックヤーズ、そして10年位前からは現在の前田家にお世話になってます。</p>
<p>家族全員で一緒にハワイに来るのは、俺がベストの環境でサーフィンしたいからやった。家族が一緒なら何の心配も無しに、ハワイでも日本と同じにサーフィンできるから。それに嫁や子供と一緒にファミリーでサンセットにステイしてたら、ローカルの俺たちを見る目が違う。とくにハワイの人たちは子供を大切にしてくれるから。そんなことからサンセットの村長さんのブライアンさんとの付き合いが始まったんや。家族と一緒に来てる。こいつは本気やなということを、いちいちしゃべらんでも解ってもらえたんだと思う。</p>
<p>真平は今年で27歳になった。ええなぁ。サーフィンしとったらええのんやで。俺とは違う形で飯喰っとる。波乗りやってるだけで飯が喰いたいと、昔どれだけ考えたか。それを真平はやっているんやから、エエなぁ。これからの真平にはいい波のところでもっとサーフィンして欲しい。いい波のところに行けるように生活を向けていって欲しい。波に乗れば乗るほどいろんなものが見えてくるもんなんや。波というのは１本ずつ違う。巡り合わせや、運もある。だけど、いい波に乗ると答えを出しやすい。動きがイメージ通りに決まると、またそれで答えが出る。いい波になればなるほど良い気分になれる。そのときがチャンスやね。求めていたひらめきがやってくるんや。</p>
<p>波乗りの神髄はテイクオフにある。自分ではそう考えてます。ちょっとでも早く、楽にスタンドアップすること。ケリーやジェイミーがそうや。トウインもそう。ちょっとでも早く楽にテイクオフできれば、波はどんなでもそんなに怖ないで。サンセットのテイクオフは決まれば天国。はずせば地獄。それはパイプでも同じやし。歳とると特に、早ければ早いほどエエんや。当たり前の事だけど、波が１本ずつ全部違うから、それだけに難しい。まだまだ先がある。自分でもそう思い知らされることばかりやしね。サーフィンもシェイプも同じだと考えてます。この先、自然が豊かで人の心がゆとりのある世の中になったら最高やね。ほんで、 いつでもニコニコしてられたらエエなあ</p>
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		<title>ノースショアステイはルームシェアが基本。抱井暖はバテンス宅にステイして色々学んでます。</title>
		<link>http://www.naminoridensuke.com/archives/120</link>
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		<pubDate>Tue, 23 Dec 2008 05:48:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[サーファー]]></category>
		<category><![CDATA[バテンス・カラヒオカラニ、抱井保徳、?]]></category>

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		<description><![CDATA[
バテンス・カラヒオカラニというサーファーをご存知ですか。
スティンガーと名付けられたハイウィングフィッシュテイルデザインを世に送り出したシェイパーはベン・アイパ。そのスティンガーを見事に乗りこなし革新的なラウンドハウスカービイングマニューバーで世界中のサーファーの度肝を抜いたのがバテンス・カラヒオカラニさんだ。今年でちょうど50歳。今はサンセットのバックヤーズから少しベルジよりの家にタヒチアンのガールフレンドと暮らしている。そこにこの冬、鎌倉稲村ガ崎で生まれ育った抱井暖が生まれて初めてのノースショアステイの真っ最中です。
長期ステイで初のノースを満喫する暖。でもバテンスとくれば、４０歳以上のサーファーにはピンと来るものがあるはず。そうです。暖の父親の保徳氏がバテンスさんに暖のケアを頼んだのです。バテンスさんがアイパのライダーになったのが16歳。ノーズのファイアーデザインが流行ったでしょう。そして18歳からはローカルモーションに移籍。この時初来日して新島で優勝するなどバテンスさんのパフォーマンスが日本中に知れ渡りました。そしてこの初来日でバテンスさんと保徳氏は出会っているんです。
バテンスさんに暖の印象を尋ねてみました。
「カカイの息子をケアできることを名誉に感じているよ。嬉しいよ。暖と話していると時間が30年前に逆戻りして父親とイメージがダブルこともある。親子だからそっくりなところがある。暖はいいサーファーだよ。サーフィンのセンスもいい。それに人の言うことを素直に聞いて正しく理解しようとしている。俺を信頼してくれてもいる。その気持ちが伝わってくるから俺もそれに応えるつもりさ」。
12月に入ってすぐの抱井暖初ワイメアセッションについても聞いてみた。
「ワイメアに行くぞ。そう声をかけたときの暖の表情は面白かったね。え、本当？　出来るの？　俺も行くの？　あきらかにビビってたよね。でも暖は俺を信頼して9&#8242;6&#8221;をもってワイメアのビーチに出てきたんだ。ワイメアで一番大事なことはセイフティファーストということ。俺は知っていることのすべてを暖に伝えた。ワイメアガンの扱い方。パドリングの仕方。エントリーの方法。チャンネルの越え方。ポジショニング。セットの入り方。テイクオフパドルの向きとか。プルアウトまで。とにかくすべてを伝えたんだ。そしてテイクオフしようとしている暖にゴー！ゴー！と大きく声をかけた。暖はやってくれたよ。暖はグッドリスナーだな！（大笑い）」。
チャンスとラッキー、そしてそれなりのコネがなければなかなか難しいことだが、ノースショアに長期ステイでサーフィンするには海の近くに済んでいるサーファーのお宅にお世話になるのが一番上手なステイ方法。レンタカーは借りなくて済むし、わからないことは教えてもらえるだろうし、なによりローカルの感覚で海に向き合えるのがためになる。バテンスさんのような人が一緒の家にいてコーチみたいにサーフィンしてくれたら鬼に金棒。大きな波にでもどんどん乗れるようになること間違いなし。ソリッド15ftの初ワイメアから一夜明けた翌日。10フィートのハレイワで暖はグッドマニューバーを連発。バテンスさんも大喜びだった。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href='http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/12/bantes.jpg'><img src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/12/bantes-300x225.jpg" alt="" title="bantes" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-124" /></a>
<p>バテンス・カラヒオカラニというサーファーをご存知ですか。</p>
<p>スティンガーと名付けられたハイウィングフィッシュテイルデザインを世に送り出したシェイパーはベン・アイパ。そのスティンガーを見事に乗りこなし革新的なラウンドハウスカービイングマニューバーで世界中のサーファーの度肝を抜いたのがバテンス・カラヒオカラニさんだ。今年でちょうど50歳。今はサンセットのバックヤーズから少しベルジよりの家にタヒチアンのガールフレンドと暮らしている。そこにこの冬、鎌倉稲村ガ崎で生まれ育った抱井暖が生まれて初めてのノースショアステイの真っ最中です。</p>
<p>長期ステイで初のノースを満喫する暖。でもバテンスとくれば、４０歳以上のサーファーにはピンと来るものがあるはず。そうです。暖の父親の保徳氏がバテンスさんに暖のケアを頼んだのです。バテンスさんがアイパのライダーになったのが16歳。ノーズのファイアーデザインが流行ったでしょう。そして18歳からはローカルモーションに移籍。この時初来日して新島で優勝するなどバテンスさんのパフォーマンスが日本中に知れ渡りました。そしてこの初来日でバテンスさんと保徳氏は出会っているんです。</p>
<p>バテンスさんに暖の印象を尋ねてみました。</p>
<p>「カカイの息子をケアできることを名誉に感じているよ。嬉しいよ。暖と話していると時間が30年前に逆戻りして父親とイメージがダブルこともある。親子だからそっくりなところがある。暖はいいサーファーだよ。サーフィンのセンスもいい。それに人の言うことを素直に聞いて正しく理解しようとしている。俺を信頼してくれてもいる。その気持ちが伝わってくるから俺もそれに応えるつもりさ」。</p>
<p>12月に入ってすぐの抱井暖初ワイメアセッションについても聞いてみた。</p>
<p>「ワイメアに行くぞ。そう声をかけたときの暖の表情は面白かったね。え、本当？　出来るの？　俺も行くの？　あきらかにビビってたよね。でも暖は俺を信頼して9&#8242;6&#8221;をもってワイメアのビーチに出てきたんだ。ワイメアで一番大事なことはセイフティファーストということ。俺は知っていることのすべてを暖に伝えた。ワイメアガンの扱い方。パドリングの仕方。エントリーの方法。チャンネルの越え方。ポジショニング。セットの入り方。テイクオフパドルの向きとか。プルアウトまで。とにかくすべてを伝えたんだ。そしてテイクオフしようとしている暖にゴー！ゴー！と大きく声をかけた。暖はやってくれたよ。暖はグッドリスナーだな！（大笑い）」。</p>
<p>チャンスとラッキー、そしてそれなりのコネがなければなかなか難しいことだが、ノースショアに長期ステイでサーフィンするには海の近くに済んでいるサーファーのお宅にお世話になるのが一番上手なステイ方法。レンタカーは借りなくて済むし、わからないことは教えてもらえるだろうし、なによりローカルの感覚で海に向き合えるのがためになる。バテンスさんのような人が一緒の家にいてコーチみたいにサーフィンしてくれたら鬼に金棒。大きな波にでもどんどん乗れるようになること間違いなし。ソリッド15ftの初ワイメアから一夜明けた翌日。10フィートのハレイワで暖はグッドマニューバーを連発。バテンスさんも大喜びだった。</p>
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		<title>ワールドツアープロとしての境地に達した大野マー。日本人全員で応援しましょう。</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Dec 2008 08:54:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[サーファー]]></category>
		<category><![CDATA[大野修聖、マー、下田バグース、]]></category>

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		<description><![CDATA[
今世界に通用する日本人プロサーファーといえば大野&#8221;マー&#8221;修聖だ。
強風雨のなかで行われた今シーズンのWQS最終戦オニールワールドカップ R128 では抉り込むバックサイドで世界を唸らせたばかり。そして最終WQSランキングは51位。惜しいところでトップ50入りを逃しはしたが、ジャパニーズとしては来シーズンのマーの出場する試合が大いに楽しみになるところ。そこのところをパイプラインでサーフィンする直前のマーにリサーチしてきました。
「充実してましたね。これまでは白人社会におじゃましますだったのが。今は闘いにいく気持ちで試合に臨む。ＷＱＳに自分の場所が出来た事が大きいと思います。自分に自信を持って彼らと戦えるようになったことも大きい！
理由としては試合のスケジュール管理が成功したことが大きいですね。ツアーに出た最初の頃は、下手な鉄砲も数撃てば当たるではないけれど、数をこなせばラッキーでいくつか勝ちが拾えるもんだと勘違いしてましたね。それではダメ。ではどうするというのがわかるまで時間がかかりました。自分のペースを守れて、身体のコンディションや気を集中できる環境であることを第一にツアースケジュールを組む。これが一つの大事な理由だとは思います。試合に集中してポイントもしっかり稼ぐ。ブラジルで３位になったのはあくまでも結果で、メンタルも集中できてたし自分のサーフィンもできた。じょじょに手応えを感じているところです。来年はやります。生き抜いてやる。そんな気持ちです。エンジョイというと軽く思われるけど、もうちょっとシリアスで、一日一日を充実させて生活しながら、自分の目標、やりたいことをちゃんと理解してやり抜く。サーフィンが出来てること、世界の舞台で戦えるチャンス、仕事と生活を凄く楽しんでいるのが世界のプロフェッショナルですよね。」

名前は修聖と書いてマサトシと読む。静岡県下田市生まれの27歳。同じプロサーファーで双子の兄のノリマサも難しい読み方で仙雅と書く。地元下田の老舗ローカルサーフショップ&#8221;バグース&#8221;の息子として生まれ。サーフィンするべき環境のもとで成長。才能は早くから開花し下田のバグースの双子ブラとしてすぐに全国でも名が知られるようになる。そして両親の期待はNSAボーイズチャンピオン獲得でゆるぎないものとなった。それからの活躍はまさに日本のトップガン。世界に羽ばたくことが使命となった。ジュニアでもチャンピオンを獲得してからプロに転向。その実力と将来性が高く評価され高額の契約金でインターナショナルスポンサーと契約。それまであった井の中の蛙的な日本人プロサーファーのイメージを若いマーが軽く打ち壊してくれた。このことは日本の業界的に衝撃を与えた出来事だった。

世界に羽ばたくことは時間との勝負。しかも日本のサーフィン界は30年前から世界とのレベル差が10年はあるといわれ続けているのであればなおさらでしょう。世界も同じ時を同じく進歩しているからです。マーは日本のJPSAツアーと掛け持ちしながらのWQS参戦を８年前から始めました。19歳の時です。４年前に生活拠点をオーストラリアのゴールドコーストに移転。２３歳で結婚。WQSツアーに専念とプロデビューから あっという間に１０年が経過していきました。そして今年。最終WQSランキングを自己最高の51位へと引き上げに成功。これでまた一つWCTクォリファイへの道が見えてきたといえるでしょう。日本人として誰も歩んだことのない道を進み続けているマー。来シーズンこそジャパニーズ全員でよりいっそうの応援をしましょう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/12/e29886e3839ee383bc01.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-113" title="e29886e3839ee383bc01" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/12/e29886e3839ee383bc01-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>今世界に通用する日本人プロサーファーといえば大野&#8221;マー&#8221;修聖だ。</p>
<p>強風雨のなかで行われた今シーズンのWQS最終戦オニールワールドカップ R128 では抉り込むバックサイドで世界を唸らせたばかり。そして最終WQSランキングは51位。惜しいところでトップ50入りを逃しはしたが、ジャパニーズとしては来シーズンのマーの出場する試合が大いに楽しみになるところ。そこのところをパイプラインでサーフィンする直前のマーにリサーチしてきました。<br />
「充実してましたね。これまでは白人社会におじゃましますだったのが。今は闘いにいく気持ちで試合に臨む。ＷＱＳに自分の場所が出来た事が大きいと思います。自分に自信を持って彼らと戦えるようになったことも大きい！<br />
理由としては試合のスケジュール管理が成功したことが大きいですね。ツアーに出た最初の頃は、下手な鉄砲も数撃てば当たるではないけれど、数をこなせばラッキーでいくつか勝ちが拾えるもんだと勘違いしてましたね。それではダメ。ではどうするというのがわかるまで時間がかかりました。自分のペースを守れて、身体のコンディションや気を集中できる環境であることを第一にツアースケジュールを組む。これが一つの大事な理由だとは思います。試合に集中してポイントもしっかり稼ぐ。ブラジルで３位になったのはあくまでも結果で、メンタルも集中できてたし自分のサーフィンもできた。じょじょに手応えを感じているところです。来年はやります。生き抜いてやる。そんな気持ちです。エンジョイというと軽く思われるけど、もうちょっとシリアスで、一日一日を充実させて生活しながら、自分の目標、やりたいことをちゃんと理解してやり抜く。サーフィンが出来てること、世界の舞台で戦えるチャンス、仕事と生活を凄く楽しんでいるのが世界のプロフェッショナルですよね。」</p>
<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/12/e3839ee383bc61.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-115" title="e3839ee383bc61" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/12/e3839ee383bc61-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>名前は修聖と書いてマサトシと読む。静岡県下田市生まれの27歳。同じプロサーファーで双子の兄のノリマサも難しい読み方で仙雅と書く。地元下田の老舗ローカルサーフショップ&#8221;バグース&#8221;の息子として生まれ。サーフィンするべき環境のもとで成長。才能は早くから開花し下田のバグースの双子ブラとしてすぐに全国でも名が知られるようになる。そして両親の期待はNSAボーイズチャンピオン獲得でゆるぎないものとなった。それからの活躍はまさに日本のトップガン。世界に羽ばたくことが使命となった。ジュニアでもチャンピオンを獲得してからプロに転向。その実力と将来性が高く評価され高額の契約金でインターナショナルスポンサーと契約。それまであった井の中の蛙的な日本人プロサーファーのイメージを若いマーが軽く打ち壊してくれた。このことは日本の業界的に衝撃を与えた出来事だった。</p>
<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/12/e3839ee383bc451.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-116" title="e3839ee383bc451" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/12/e3839ee383bc451-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a><br />
世界に羽ばたくことは時間との勝負。しかも日本のサーフィン界は30年前から世界とのレベル差が10年はあるといわれ続けているのであればなおさらでしょう。世界も同じ時を同じく進歩しているからです。マーは日本のJPSAツアーと掛け持ちしながらのWQS参戦を８年前から始めました。19歳の時です。４年前に生活拠点をオーストラリアのゴールドコーストに移転。２３歳で結婚。WQSツアーに専念とプロデビューから あっという間に１０年が経過していきました。そして今年。最終WQSランキングを自己最高の51位へと引き上げに成功。これでまた一つWCTクォリファイへの道が見えてきたといえるでしょう。日本人として誰も歩んだことのない道を進み続けているマー。来シーズンこそジャパニーズ全員でよりいっそうの応援をしましょう。</p>
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		<title>乗れなかったすよ・・、セットにのりたいですね</title>
		<link>http://www.naminoridensuke.com/archives/93</link>
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		<pubDate>Mon, 17 Nov 2008 21:54:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[サーファー]]></category>
		<category><![CDATA[バックドアデイ、堀口真平、]]></category>

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		<description><![CDATA[
この冬初めてのバックドアデイは朝からスーパーセッション。
まだ触れてもいないバックドアバレルが目の前に現れる。サーフジャンキー達は夜明け前から待ちかまえていた。この冬バックドアデイ初日となった11月14日。朝のクリーンな光を浴びながらピーンと張りつめた緊張状態のなかでクリーンバックドア＆パイプラインがサーファーに切り分けられていった。次々にこじ開けられていくバレル。波のシリンダーに飛び込んでいくサーファーのシルエットがドギューンという衝撃となってハートに飛び込んでくる。オフザウォールの入り口からビーチに降りていくとジェイソンシバタが座り込んでフレンドと波チェック中。挨拶すると、日本人は真平ひとりだと教えてくれた。
ビラボンハウスを通り過ぎてジェイミーの家の手前くらいからバックドアウォッチに入る。たしかに真平はいた。ウェイドシェイプ新品の７&#8217;２&#8221;クアッド初おろしだった。セットに乗って上がってきた真平と、ビラボンハウスからウェスオオシロシェイプの６&#8217;２&#8221;を抱えて波乗りに出てきた英義。ハウスの石垣から英義のサーフィンを見守るフェイドサーフボードマネージャーのグレンマツモトを一緒に入れて写真撮影。真平にバックドアの中の様子を聞いた。
乗れなかったすよ。次は６&#8217;6&#8243;でいきます。真ん中のピークを狙っていたんだけど、なかなかセットに触らせてもらえなかった。WQSのトップメンバーなんかもいたりしてテンション高かったす。１時間半で４本テイクオフ。チューブは１本突っ込んでつぶされました。いつもはハワイに来るとすぐにバックドアでサーフィンできていたんだけど、今回はなんとなしの間に先月から３週間待っちゃっいました。初日なんで緊張はしましたけど入れただけでも良かった。いつものメンツに会えたし。タマヨ、TJ、ブルースアイアン、クリスワード、クリスチャンフレッチャーとか。やってるな！　というかんじ、、。いつもどおりでした。
この夏沖縄の波で使った５’１１”ハーフのバットテイルのクァッドがあまりにも調子良くてチューブに入りまくりだったことから、今シーズンのクゥイーバーに7&#8242;6&#8243;、７’２”、６’10”、６’６”、６’３”、６’０”と６本のクァッドを加えるなど考え抜いたボードラインナップで臨んでいる真平。バックドアの開幕は遅れたがシーズンははじまったばかり。これからどんなエピックデイに遭遇できるか楽しみなところだ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/11/e79c9fe5b9b3e38081e88bb1e7bea9e38081e382b0e383ace383b356.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-94" title="e79c9fe5b9b3e38081e88bb1e7bea9e38081e382b0e383ace383b356" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/11/e79c9fe5b9b3e38081e88bb1e7bea9e38081e382b0e383ace383b356-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>この冬初めてのバックドアデイは朝からスーパーセッション。</p>
<p>まだ触れてもいないバックドアバレルが目の前に現れる。サーフジャンキー達は夜明け前から待ちかまえていた。この冬バックドアデイ初日となった11月14日。朝のクリーンな光を浴びながらピーンと張りつめた緊張状態のなかでクリーンバックドア＆パイプラインがサーファーに切り分けられていった。次々にこじ開けられていくバレル。波のシリンダーに飛び込んでいくサーファーのシルエットがドギューンという衝撃となってハートに飛び込んでくる。オフザウォールの入り口からビーチに降りていくとジェイソンシバタが座り込んでフレンドと波チェック中。挨拶すると、日本人は真平ひとりだと教えてくれた。</p>
<p>ビラボンハウスを通り過ぎてジェイミーの家の手前くらいからバックドアウォッチに入る。たしかに真平はいた。ウェイドシェイプ新品の７&#8217;２&#8221;クアッド初おろしだった。セットに乗って上がってきた真平と、ビラボンハウスからウェスオオシロシェイプの６&#8217;２&#8221;を抱えて波乗りに出てきた英義。ハウスの石垣から英義のサーフィンを見守るフェイドサーフボードマネージャーのグレンマツモトを一緒に入れて写真撮影。真平にバックドアの中の様子を聞いた。</p>
<p>乗れなかったすよ。次は６&#8217;6&#8243;でいきます。真ん中のピークを狙っていたんだけど、なかなかセットに触らせてもらえなかった。WQSのトップメンバーなんかもいたりしてテンション高かったす。１時間半で４本テイクオフ。チューブは１本突っ込んでつぶされました。いつもはハワイに来るとすぐにバックドアでサーフィンできていたんだけど、今回はなんとなしの間に先月から３週間待っちゃっいました。初日なんで緊張はしましたけど入れただけでも良かった。いつものメンツに会えたし。タマヨ、TJ、ブルースアイアン、クリスワード、クリスチャンフレッチャーとか。やってるな！　というかんじ、、。いつもどおりでした。</p>
<p>この夏沖縄の波で使った５’１１”ハーフのバットテイルのクァッドがあまりにも調子良くてチューブに入りまくりだったことから、今シーズンのクゥイーバーに7&#8242;6&#8243;、７’２”、６’10”、６’６”、６’３”、６’０”と６本のクァッドを加えるなど考え抜いたボードラインナップで臨んでいる真平。バックドアの開幕は遅れたがシーズンははじまったばかり。これからどんなエピックデイに遭遇できるか楽しみなところだ。</p>
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		<title>阿部川芳夫。日本で一生懸命やってハワイで爆発！</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Jun 2008 06:29:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[サーファー]]></category>
		<category><![CDATA[ドミンゴサーフボード]]></category>
		<category><![CDATA[阿部川芳夫]]></category>

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		<description><![CDATA[
サーフィンが日本で行われるようになって半世紀がたった。人生５０年といわれたのはとうの昔。今では会社をリタイヤした５０歳すぎのパパ達が青春カムバックでサーフィンに燃えている。いいものはいい。サーフィンするといつだって気持ち良くなる。サーフィンは永遠ですね。
サーフィンの歴史が50年だとしたら、大磯のドミンゴサーフボードオーナーの阿部川さんのサーフィンキャリアは同じくらい。プロサーファー、サーフボードメーカー、プロ組織理事、地元ボランティア、ずっとずっと日本のサーフィンの先頭で今も走り続けている。仕事としては現在プロシーンからは引退状態。ドミンゴサーフボードオーナーが大磯店で店番をしながらサーファーの面倒を見てくれている。サーフィンはバリバリのショートボーダー。大磯と酒匂とノースショア。この３ポイントが大好物。今もサーフィンに磨きをかけながらサーフィンライフスタイルを築き上げている。もちろん家庭では良きパパ。音大生の一人娘さんは声楽家を目指している。
さて、デン助が伝えたいのは、毎冬ノースショアに取り組む阿部川さんの気持ちと姿勢だ。毎冬パイプラインマスターズをはさんできっちり２週間タートルベイにステイ。ノースショアメンバーの最年長であることはいうまでもない。そして早朝と夕方は必ず１日２ラウンドはみっちりこなす阿部川さん。ノースショア到着から日がたつにつれ、すっかり日焼けした表情は活き活きと目が輝いてくる。ノースショアが楽しくて仕方ない。サーファーらしいオーラを出しまくってニコニコしている。
ノースショアをサーフィンする理由を、「サーファーであることの証明」、阿部川さんはそう考えている。大磯のゲンジでやるのもサーフィンだけど、もうすぐ６０歳になる年齢になったけれど、ノースショアを滑りたいという気持ちは最初にノースショアを訪れた34年前と一緒。キッズや他のプロサーファーと同じくらい熱くピュアに胸に突き刺さっている。ノースショアは、野球でいえば大リーガー、登山家でいえばアルプス。生死がかかっている。真剣になる。だから素晴らしい。自己満足だといわれようが、バックドアやOTW、サンセットのチューブは阿部川さんにとってサーファーであることを証明してくれる波なのである。
ノースショアといえば、よくいわれるところのビッグウェイブの恐怖心についても阿部川さんは、挑戦と克服の連続で気持ちが鍛えられたと教えてくれた。「見てちゃダメ。入ってみる。そして通ってみる。それじゃなきゃ始まらないよ。」何事もサーファーであることの証明なのだ。意志が強くなり、あの波に乗れるんだったら何でもする。だから、そのくらいに普段から節制して暮らしている。いくつになってもプロフェッショナル。サーフィンの道は様々でそれぞれに奥が深い。
ノースショアで滑れなくなったらサーフィン辞めちゃうという阿部川さんは今年の12月で60歳。ハワイで迎える連続35回目のバースデイはきっとグッドライディングに満たされているでしょう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/05/1e998bfe983a8e5b79de88ab3e5a4ab30.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-20" title="1e998bfe983a8e5b79de88ab3e5a4ab30" src="http://www.naminoridensuke.com/wp-content/uploads/2008/05/1e998bfe983a8e5b79de88ab3e5a4ab30-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>サーフィンが日本で行われるようになって半世紀がたった。人生５０年といわれたのはとうの昔。今では会社をリタイヤした５０歳すぎのパパ達が青春カムバックでサーフィンに燃えている。いいものはいい。サーフィンするといつだって気持ち良くなる。サーフィンは永遠ですね。</p>
<p>サーフィンの歴史が50年だとしたら、大磯のドミンゴサーフボードオーナーの阿部川さんのサーフィンキャリアは同じくらい。プロサーファー、サーフボードメーカー、プロ組織理事、地元ボランティア、ずっとずっと日本のサーフィンの先頭で今も走り続けている。仕事としては現在プロシーンからは引退状態。ドミンゴサーフボードオーナーが大磯店で店番をしながらサーファーの面倒を見てくれている。サーフィンはバリバリのショートボーダー。大磯と酒匂とノースショア。この３ポイントが大好物。今もサーフィンに磨きをかけながらサーフィンライフスタイルを築き上げている。もちろん家庭では良きパパ。音大生の一人娘さんは声楽家を目指している。</p>
<p>さて、デン助が伝えたいのは、毎冬ノースショアに取り組む阿部川さんの気持ちと姿勢だ。毎冬パイプラインマスターズをはさんできっちり２週間タートルベイにステイ。ノースショアメンバーの最年長であることはいうまでもない。そして早朝と夕方は必ず１日２ラウンドはみっちりこなす阿部川さん。ノースショア到着から日がたつにつれ、すっかり日焼けした表情は活き活きと目が輝いてくる。ノースショアが楽しくて仕方ない。サーファーらしいオーラを出しまくってニコニコしている。</p>
<p>ノースショアをサーフィンする理由を、「サーファーであることの証明」、阿部川さんはそう考えている。大磯のゲンジでやるのもサーフィンだけど、もうすぐ６０歳になる年齢になったけれど、ノースショアを滑りたいという気持ちは最初にノースショアを訪れた34年前と一緒。キッズや他のプロサーファーと同じくらい熱くピュアに胸に突き刺さっている。ノースショアは、野球でいえば大リーガー、登山家でいえばアルプス。生死がかかっている。真剣になる。だから素晴らしい。自己満足だといわれようが、バックドアやOTW、サンセットのチューブは阿部川さんにとってサーファーであることを証明してくれる波なのである。</p>
<p>ノースショアといえば、よくいわれるところのビッグウェイブの恐怖心についても阿部川さんは、挑戦と克服の連続で気持ちが鍛えられたと教えてくれた。「見てちゃダメ。入ってみる。そして通ってみる。それじゃなきゃ始まらないよ。」何事もサーファーであることの証明なのだ。意志が強くなり、あの波に乗れるんだったら何でもする。だから、そのくらいに普段から節制して暮らしている。いくつになってもプロフェッショナル。サーフィンの道は様々でそれぞれに奥が深い。</p>
<p>ノースショアで滑れなくなったらサーフィン辞めちゃうという阿部川さんは今年の12月で60歳。ハワイで迎える連続35回目のバースデイはきっとグッドライディングに満たされているでしょう。</p>
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